アリストテレス(BC384-322)


プラトンの弟子であり、精密な自然観察を行い、科学・論理学的な用語を整備した最初の生物学者であった。プラトンのイデア論には反対したが、科学・論理学用語を用いての分析は、精緻な数学的論証のようである。アリストテレスはさまざまな学問の基礎をつくり、組織化した。生物学も起源はアリストテレスの「動物誌」、「動物発生論」であると言ってよい。植物学の起源はアリストテレスの友人のテオフラストスの「植物誌」がその起源である。レスボス島に滞在し海洋動物を詳細に観察した。それは17世紀のリンネの分類にまさる動物分類に見てとれる。親タコの抱卵の記述を読むと、浅海で潜って観察していたとしか思えない。アリストテレスはダイバーだったのだ。

    1. アリストテレスはプラトンを批判して、「まず先に感覚のなかに存在しなかったものは、意識のなかには存在しない」と言った。これは、魂が生まれるときにイデア界からもってきた生得観念を否定している。
      1. 馬のイデアはただの概念で、人間がかなりの数の馬を見たあとで、つくりあげたものだ。
      2. われわれが感覚的にとらえることができる個物を、本当に存在するものとみた。個物は常に形相と質料の二つの側面をもっている。形相は質料のなかにあらかじめ可能性という形で存在している。
      3. プラトンのイデアは、アリストテレスでは形相として質料のなかに備わっている(イデア界と言う別世界は考えない)。ニワトリの形相とはニワトリをニワトリにしている固有の性質である。魂は生きて活動しているありさまの形相である。
      4. 個物の変化・運動を可能態と現実態の間の変化・運動としてみた。卵(厳密に言うと受精卵)はニワトリの可能態であり、成長したニワトリは現実態である。ニワトリの形質は現実態を制約する、ニワトリの翼は飛ぶには適さないが、脚は頑丈で歩き回ることに不自由はない。

    2. 哲学を「諸原因を研究する王者の学」とし、ものごとに四つの原因をあげた。「雨が降る」という現象を、次のように説明した。
      1. 形相因(何であるか)、地上に降り注ぐが水の本性なので、雨が降る
      2. 質料因(なにでできているか)、水蒸気があったので、雨が降る
      3. 作用因(物事の運動がはじまる原因)、水蒸気が冷やされたので雨が降る
      4. 目的因(物事が目指す目的)、植物・動物が成長するのに必要だから雨が降る

    3. 四つの原因からこの世界はどのように成り立っているのか、それは「本当にある実体」とはどういうことかを研究することであった。アリストテレスは言語による分析で実体を8種類に分けた。
      1. その主語の何であるか(実体・本質)
      2. それがどのようにあるか(性質)
      3. それがどれだけあるか(量)
      4. それが他の何かにたいしてどうあるか(関係)
      5. それのすること(能動)
      6. それのされること(受動)
      7. それがどこにあるか(場所)
      8. それがいつあるか(時間)

    4. 生物は魂を持つ点で無生物と異なる。魂には序列があり、最も下位のものは植物的霊魂であり、栄養・成長・生殖を行う。動物的霊魂は植物的霊魂の働きに加え、感覚と運動能力を持つ。理性的霊魂は動物的霊魂の働きに加え、理性を持つ。初期にはこう考えていたが、知識が加わるにつれ、動物は理性的霊魂を持ち、ある程度ヒトと共通する部分があると考えた。最終的には、生命と霊魂および心の間には何も根本的な区別がないと考えた。

    5. 生命の無い物から動物まで、厳密な境界線がないままに徐々に移行する生命の梯子(はしご)、またの名を「自然の階段」がある。これは植物は無生物と区別が困難なものから、高等植物へ、植物と区別が困難なカイメンやホヤから運動能力をもったより高等な動物へと飛躍することなく、連綿と存在していることを表す。アリストテレス自身は、これをラマルクが考えたような、無生物から生物が自然発生して、より高等な段階に進化していった結果とは見ていなかったようだ。

    6. カイメンや腔腸動物(刺胞動物)は自然発生すると考えていた。頭足類をのぞく軟体動物や棘皮動物その他も自然発生することがあるとした。これは顕微鏡を持たなかったため、小型の卵や幼生が観察できなかったためである。タコの抱卵やコウイカの発生を詳細に記述し、哺乳動物の泌尿生殖器を解剖して観察し、詳細な記述を残している。一部のサメが卵胎生で胎盤を持つことも知っていた。

    7. 倫理学:人間の幸せには三つの形がある、第一は快楽と満足に生きること、第二は自由で責任のある市民として生きること、第三は科学者や哲学者として生きること。この三つが全て組合わさったとき、人間は幸せに生きられる。三つのうち、どのひとつに固まることもよくないとアリストテレスは考えた。臆病であっても、蛮勇であってもいけない、勇敢でなければならないのだと「中庸の徳」も説いている。きっと彼はバランス感覚に優れた人物だったのだろう。